寝落ちと少年の夢

 昼に見る幻が白昼夢なら、すっかり日も暮れた夕に見る幻は何と呼ぼうか?

 私がそれを見たのは八時頃、六月の雨の合間にぽかっと晴れた日の夕べであった。その日太陽は来るべき真夏の圧政を匂わせ、地上をおびやかしてぎらぎらと光っていた。ぬかるんだ地面から立ち上る湿気と人いきれで都会は耐えがたい湿気にあえいでいた。ふき出す汗がいつまでも乾かないので、すれ違う人からは時折ひどいにおいがした。私はほとほと疲れ果てて帰ってきて、のびていたのだった。

 

 都会から帰ってきたままで布団に入る気にはなれず、私はリビングのソファーと床を行ったりきたりした。ソファーは柔らかいが狭くて手足を折り曲げなければならず、模造木の床は手足を伸ばせる代わりに冷たくて硬かった。ソファーにもぐりこんで蛍光灯に背を向け、こわばった手足のだるさに耐えかねて冷たい床にずり落ちる。仰向けになると、まぶしい! どうやっても快適な眠りは得られなさそうだったが、私はしぶとく目をつむっていた。

 

 眠ったとも起きていたともわからぬ微睡であった。少なくとも耳だけは起きていた。どこかで男の子が「僕はあおいちゃんが好きーー!」「あおいちゃんは僕のこと好きーー?」と高い声で言っているのが聞こえた。しばらくして、色よい返事を得たのか得られなかったのか、「僕のこと忘れないでねーー!」と叫んでいた。それは母の携帯のスピーカーから流れているのであった。感動的な場面であるらしく、ここ数年ますます涙もろくなった母が鼻をすするのが聞こえた。

 

 そんな夢うつつの境で、窓越しの少年の幻を見た。見たというにはあまりに観念的で、そういう想念が浮かんだというのが正しいのかもしれなかった。少年の容姿はつまびらかでなく、私は単に彼が美しいということだけを知っていた。私は彼の家の前の通りを訪れては、窓越しに彼を見るということを、何年も続けているのだった。その間ずっと彼は変わらず美しい少年のままだった。

 

 白い石畳の道に面した、大きな窓のある家を私は懐かしさをもって眺めた。その日、明るい日差しが辺りにあふれているのに、家の中は薄暗かった。しんと静まりかえって、厚いガラスの向こうの空気は寂しい青みどり色を帯びていた。少年の姿は見えなかったが、私はその窓をいつまでもじっと見つめていた。

 

 現実の身体の痛みに耐えかね、私は目を覚ました。何年も眠ったあとのような、あちこち痛む身体を起こす。少年はもういなくなってしまったのだと思った。青年になり、大人になり、どこかへ出ていったのだ。奇妙な郷愁が残った。

 

・・・

 

今日はへんに暑くて疲れたな~と思っていたらへんな夢を見て、それを書いてたら案外悪くない気分、でも夕飯を食べ損ねた。